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No2190 Re:無茶言わんでください

>春平様

早いレスをありがとうございます。

>ヤっちゃんは比較的最近ちょっと体調を崩して、手術とかをしたの
>もありますし、やらねばならないことがたくさんあるんですよ。

そうですか。早く、体調が良くなりますようにお祈りします。

>んで、見るにみかねてすーちゃんの方は登場したような気もしま
>すが、インターネットなのでわかりません。

そうですか。ほんとだったら、すーちゃんアリガト~♪

では、失礼します。
  

ホノルル大学講師  2001年11月02日(金)14時23分  


No2189 無茶言わんでください

>私としては、すーちゃんとヤっちゃんのレスが読みたいところです。(笑)
ヤっちゃんは比較的最近ちょっと体調を崩して、手術とかをしたのもありますし、やらねばならないことがたくさんあるんですよ。

んで、見るにみかねてすーちゃんの方は登場したような気もしますが、インターネットなのでわかりません。  

春平  shumpei@edit.ne.jp 2001年11月02日(金)13時10分  


No2188 Re:Re:神風のなぞ

皆さん、御教えありがとうございました。

>春平様

私としては、すーちゃんとヤっちゃんのレスが読みたいところです。(笑)  

ホノルル大学講師  2001年11月02日(金)12時09分  


No2186 Re:Re:実践

>以下の北光彦神の言葉に集約されるのではないでしょうか。

 北光の神は同じ様なことを別の箇所でも言ってますね。

「ヤスダラ姫は竹野姫(たけのひめ)の話に感じ、かつ自分の苦労の足らぬのを恥づかしく顔赤(あか)らめてオゾオゾしながら、
『左様でござりましたか、人間といふものは、なかなか容易なことで一生を送ることは出来ませぬな。妾(わたし)たちは貴女(あなた)のことを思へばお話になりませぬ。少しの忍耐もなく夫の牢獄を脱け出し、ノメノメと親兄妹(おやきやうだい)や、思ふ夫を慕(した)うて帰つて来た心のきたなさ、恥づかしさ、実に汗顔(かんがん)の至りでござります』
(北光)『ヤスダラ姫様、御心配なさいますな。あなたはこれから神界のため御活動遊ばすのだ。人の一生は重荷を負(お)うて険(けは)しい山坂(やまさか)を登るやうなものです。いつ険呑(けんのん)な目に遭ふやら、倒れるやら分りませぬ。そこを神様の御神力(ごしんりき)で助けられ、波風荒(なみかぜあら)き世の中を安々(やすやす)と渡るのですよ。さうして自分の身を守りながら、神様の貴(うづ)の御子(みこ)たる天下の万民に誠の道を教へ諭(さと)して、天国に救ひ、霊肉ともに安心立命(あんしんりつめい)を与へるのが神より選(えら)まれたる貴女(あなた)がたの任務だから、いかなる艱難辛苦に遭ふとも、決して落胆したり怨(うら)んだりしてはなりませぬ。何事もこの世の中は人間の自由には木(こ)の葉(は)一枚だつてなるものではない。みんな神の御心(みこころ)のまにまに操縦されてゐるのだから、いかなる事が出て来ようとも惟神(かむながら)に任し、人間は人間としての最善の努力を捧(ささ)ぐればよいのです。この竜雲(りううん)さまだつて、始めはずゐぶん虫のよい考へを起こし、得意の時代もあつたが、たちまち夢は覚めて千仭の谷間へ身を落としたやうに、見すぼらしい乞食とまでなり果て、ここに翻然として天地(てんち)の誠を覚り、諸国行脚をなし、今は完全な神司(かむつかさ)となり、御神力(ごしんりき)を身に備ふるやうにおなりなさつたのですから、人はどうしても苦労をいたさねば誠の神柱(かむばしら)にはなることは出来ませぬ。この北光(きたてる)の神(かみ)が都矣刈(つむがり)の太刀(たち)を鍛(きた)ふるにも、鉄や鋼(はがね)を烈火の中へ投げ入れ、金床(かなどこ)の上に置いて、金槌(かなづち)をもつて幾度(いくたび)となく錬(ね)り鍛へ叩き伸し、遂には光芒陸離(くわうばうりくり)たる名刀と鍛へるやうなもので、人間も神様の鍛錬を経(へ)なくては駄目です。一つでも多く叩かれた剣(つるぎ)は切れ味もよく、匂ひも美はしきやうなもので、人間も十分に叩かれ苦しめられ、水火(すいくわ)の中を潜(くぐ)つて来ねば駄目です。これからこの北光(きたてる)の神(かみ)が、あなたの恋(こ)ふるセーラン王に面会させますが、決して安心をしてはなりませぬぞ。吾々夫婦のごとく互ひに手配(てくば)りをして、誠の道につくさねばなりませぬ。いつまでも若い身をもつて、天下擾乱(てんかぜうらん)のこの場合、夫婦が安楽に情味(じやうみ)を楽しむといふ事はできませぬ。生者必滅会者定離、別離の苦しみは人間は愚(おろ)か、万物に至るまで免(のが)れ難(がた)きところ、この点を十分に御承知を願つておかねばなりませぬ。やがてセーラン王は二三の忠誠なる僕(しもべ)に守られ、ここにお出(い)でになりませう』
『ハイ、有難うござります。何から何まで御親切の御教訓、きつと肝(きも)に銘じて忘却いたしませぬ。いな何事も神様の仰(おほ)せを遵奉いたしまして、天晴れ神柱(かむばしら)と鍛へていただく覚悟でござります』」
     『霊界物語』第41巻・第14章「慈訓」
  

ミズスマシ  mizusumashi@yahoo.com 2001年11月01日(木)01時53分  


No2185 あのー

アトムの騎士さま

第3巻第35章ではなく、第6巻の第35章と思われます。

実践が忍耐だけに終わらないようにと、考えております。
過ぎ越し苦労も取り越し苦労もなく、総てを神に託し、
周りの人々を助けて、楽しく生きたいと思いますが、
難しいですね。また、色々教えてください。  

ウーピー  2001年10月31日(水)21時21分  


No2183 Re:神風のなぞ

>また、結局第二次大戦中に、王仁三郎さんがいたにもかかわらず、神風が吹かなかったのはなぜでしょう?

 王仁三郎に、神風を吹かせて欲しいと頼んだ大本信者もいたようですが、王仁三郎の答えは、次のように「今度はアメリカが日本にきて、ええ御用をするんや」というものでした。

「外国軍隊による支配についても、敗戦の一週間前に綾部の山水荘(王仁三郎の居宅)で、『神風でも吹かして日本を勝たせて下さい』とたのんだ開祖時代からの古い信者に、『心配するな、今度はアメリカが日本にきて、ええ御用をするんや』とさとしていた。その『ええ御用』について王仁三郎はつぎのように語っている。
『日本はな、世界を一軒の家にたとえると神床にあたるのや。所が、その神床が非常に汚れて塵埃がたまっている。掃除をせねばならぬのだが、日本人自身にやらせると血で血を洗う騒ぎをくりかえすばかりで出来はせん。神様はマ元帥という外国出身の荒男をつれてきて掃除させられるのや。つぎに座敷じゃ。世界の座敷は朝鮮と中国である。つぎに庭先の掃除が必要となってくる。世界の庭先とはソ連や米国にあたるのや』と。」
     『大本教事件』出口栄二・三一新書

 マ元帥(マッカーサー)が、日本に来て戦争責任者の追放を行なうことなどは、『霊界物語』第58巻に予言されていて、彼をのことを指すニコラス(日懲らす)大尉のことなどが、『スサノオと出口王仁三郎』(「テルモン山に騒動に見る日本の命運」出口和明・八幡書店)に書かれています。
  

ミズスマシ  mizusumashi@yahoo.com 2001年10月31日(水)05時06分  


No2182 実際はすごかったんですね

霊界物語では『畏多(おそれおほ)くも亀山上皇(かめやまじやうくわう)は身をもつて国難に当らむことを岩清水八幡(いはしみづはちまん)に祈願し給ふた結果、』などとさらっと書いてあるので、ちょっと亀山上皇がおまいりに行ったようなイメージを持ってましたけど…。

>七日間昼夜不断の尊勝陀羅尼
  :
>南北二京の僧五百六十余人とともに宝前に勤行(ごんぎょう)し、
しかも、「来人をそこなはずして」とは文句のつけようがないですね。  

春平  shumpei@edit.ne.jp 2001年10月31日(水)02時11分  


No2181 聖師の若いときの冠句

信あれば幸いの風ひとり福
           喜楽

  

物語素人  2001年10月31日(水)01時09分  


No2180 実践

アトムの騎士さん、前に「大本とキリスト教」ついて聞いた時
丁寧なレスありがとうございました。
ぼくは「実践」の二字の前では忸怩たるものがあります。  

物語素人  2001年10月31日(水)00時52分  


No2179 神風の答え

>元寇のときに神風が吹いたのは何故でしょう?
>>亀山上皇が岩清水八幡に祈願したからだそうです。

>>時の為政者の心がけ次第ということなんでしょうか。
そうですね聖師は東条英機にあった時にいろいろ忠告した
そうですが東条は「宗教家のくせに、なにをぬかすか!」
とかいって聞く耳をもたなかったみたいですからね。
北条時宗には「宗」がついていて宗教があったが・・・と、
嘆いていたようですね。
でもほんとうに改心が必要だったは二代さんがいうように
その上にたつ「親指」さんだったのですが。
それと聖師は戦争に日本が負けたのはアメリカの国民は戦争が
早く終わるように神に祈っていたが日本の国民は戦争に日本が
勝つ事ばかりを神に祈っていたからといっています。
どちらが神さまからみて善かは明白でしょうね。

日蓮については自分を受け入れなければ日本に災難が振りかかる
と主張したちょっと強引な印象がしますね。
実際、亀山上皇がたよりにしたのは日蓮ではなく日蓮が悪魔あつかい
していたハンセン病患者や難民への社会福祉で有名な真言律宗の
叡尊でしたね。岩清水八幡に亀山上皇が祈願させたのも叡尊で、
今年は生誕800年だそうです。

弘安四年(1281)七月、叡尊は石清水八幡宮における七日間昼夜不断の尊勝陀羅尼(そんしょうだらに)に門徒をひきいて出仕せよとの沙汰を受けた。叡尊はこれを同法たちに諮(はか)ったところ、異国来征はわが朝の大事であるから、各自みな祈請(きせい)をこらしているが、一門の僧衆がみな霊所に参り、一味和合、不断に勤修(ごんしゅ)することは一層結構である。もし叡尊が老体のため陀羅尼を満たすことができなくても、とにかく石清水に参って宿所にとどまっていればよいという意見であった。そこで叡尊は同法三百余人をひきいて八幡宮に参り、閏七月一日、南北二京の僧五百六十余人とともに宝前に勤行(ごんぎょう)し、さらに説戒の上、八幡大菩薩に国難を訴え、「東風を以て兵船を本国に吹き送り、来人をそこなはずして乗るところの船をば焼き失はせたまヘ」と祈願した。この「来人をそこなはずして」は殺生禁断の宗旨としてはことにふさわしい祈請(きしょう)というべきで
あろう。                                      
和島芳男「叡尊・忍性」より
  

物語素人  2001年10月31日(水)00時29分  


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